【海外の反応】『モンスター:エド・ゲインの物語』はなぜ酷評されたのか?絶賛と批判の理由を徹底解説!
ライアン・マーフィーが描く、アメリカ犯罪史上、最も異質な男、エド・ゲインの物語。

配信が開始された今、海外のメディアやファンの間では、絶賛と酷評の嵐が吹き荒れている。
この記事では、そんな海外の「生の声」を徹底的にリサーチし、「なぜ、このドラマは、これほどまでに物議を醸す問題作となったのか?」その核心に迫っていこうと思う。
🔴序論:賞賛か、嫌悪か。世界を二分した、Netflix史上最大の問題作!
Netflixの『モンスター』シリーズ。
それは、商業的な大成功と、批評家からの賛否両論、その両方を常に巻き起こしてきた。
本作『エド・ゲインの物語』は、その二面性を、最も象徴する作品となった。
一流の制作陣、豪華なキャスト、洗練された映像美。
それと同時に、倫理観の欠如、歴史のセンセーショナルな脚色、テーマ性の空虚さといった、痛烈な批判。
この「マーフィー・パラドックス」とも呼べる、根深い対立こそが、本作を読み解く鍵なんです。
🔴数字が語る「賛否両論」:Rotten TomatoesとMetacriticのスコアが示すもの!

まず、言葉の前に、数字という動ぬ証拠を見てみよう。
この数字、特にMetacriticの「33点」というスコアは、傑作ぞろいの『モンスター』シリーズにおいては、衝撃的な低さでした。
でも、面白いのは、批評家スコアと観客スコアの間に、大きな「乖離」があること。
批評家たちが脚本や倫理観といった構造的な欠陥に焦点を当てる一方で、一般の視聴者は、愛着のあるキャラクターや視覚的なスリルといった、より直接的なエンタメ性を重視し、欠陥には比較的寛容だったのかもしれない。
つまり、シーズン3は純粋なスペクタクルとしては成功したものの、緻密に練られたドラマとしては失敗した、という二面性を持っている。
🔴【絶賛の声】なぜ、一部の批評家は本作を「傑作」と評価したのか?
🔵息をのむ映像美と、1950年代を完璧に再現した世界観
本作の批評において興味深いのは、多くの批評家がその倫理観や内容を厳しく非難する一方で、技術的な完成度を称賛している点です。
例えば、英国紙The Guardianの痛烈なレビューでさえ、
「構造的、様式的には素晴らしい。ペース配分も、過去と現在の巧みな織り交ぜ方も非の打ち所がない」
と認めている。
他のレビューでも、
「見事に撮影されている」
「1950年代のウィスコンシンを説得力をもって再現している」
といった評価が見られた。
この、技術的な洗練が、倫理的に問題のある内容から独立して存在しているという居心地の悪さこそが、本作のユニークな特徴なんだと思います。
🔵「彼女こそが真のモンスター」母親役ローリー・メトカーフへの満場一致の賞賛
そして、本作の全要素の中で、最も一貫して、そして普遍的に称賛されたのが、ゲインの母親オーガスタを演じたローリー・メトカーフの演技だった。
彼女のパフォーマンスに対する評価は揺るぎないもので、
「エドの母親オーガスタに深みをもたらした」
「見事に正気を失った演技」
、そして
「物語を狂気的なペースで前進させるのに十分な弾薬を提供した」
といった賛辞が送られた。
彼女の演技は、物語の心理的側面の基盤を築き、極めて重要な「母と子の力学を、抑圧的かつ説得力のあるものに」したと見なされている。
彼女のリアルで地に足のついた恐怖の演技は、作品全体の作り物めいた性質を、より一層際立たせる結果となった。
🔴【批判の嵐】なぜ、多くの批評家は本作を「許しがたい」と断罪したのか?
🔵「フィクションが多すぎる」史実の改変は、どこまで許されるのか
批評家たちが本作の根本的な欠陥として指摘した最大のポイント。
それが、史実からの意図的かつ広範な逸脱です。
RogerEbert.comは、「当初から『モンスター』はゲインに関するあらゆる噂を真実として扱っている」と述べ、これには証明されていない兄ヘンリーの殺害や、ゲイン自身が否定した死体性愛などが含まれる。
特に問題視されたのが、架空のキャラクターやシナリオの導入でした。
ゲインの恋愛対象として登場するアデラインは、ほぼ完全な創作キャラクター。
そして、最も悪質と見なされた創作が「テッド・バンディ」のサブプロットであり、劇中でゲインがFBIによるバンディ逮捕に協力するという、史実的根拠が全くない荒唐無稽な展開は、批評家から酷評された。
🔵被害者への敬意は?実録犯罪の「エンタメ化」が抱える倫理的問題
そして、最も深刻な批判が、本作がいたずらに猟奇的で、搾取的なセンセーショナリズムに終始しているという点です。
The Guardian紙のレビューは、本作を
「許しがたい」
「完全に道徳を欠いている」
「視聴者の最も卑しい本能に迎合する、覗き見趣味以外の何物でもない」
と断罪した。
この見解は他のメディアにも共通しており、
「制作者たちが本当に興味があるのはグロテスクなものだけ」
「完全に扇情主義に傾倒している」
といった批判が相次いだ。
🔵主演チャーリー・ハナムの「奇妙な声」物議を醸した役作り
主演チャーリー・ハナムの演技は、まさに賛否両論の嵐を巻き起こした。
一部では「身も凍るような変貌」と称賛された一方で、その「声」に対しては、厳しい批判が集中した。
甲高く、言葉を飲み込むような独特の話し方は、「奇妙」「聞いているのが苦痛」「常に邪魔で、全く信憑性がない」と酷評された。
たとえ本物のゲインの録音テープに基づいていたとしても、その奇妙な声の選択は、内面的な真実よりも表面的な「演技」を優先した結果と見なされ、人間ドラマとしての深みを損なっている、と多くの批評家は感じたようだ。
🔴【YOSHIKI考察】これは、僕らの好奇心を試す「美しい毒りんご」のようだ!
僕がこの作品を「美しい毒りんご」と評した理由。
それは、本作が観る者の倫理観を根底から揺さぶる、極めて悪趣味で、しかし抗いがたい魅力を持った作品だからです。
ライアン・マーフィーは、エド・ゲインという素材を使い、彼特有のスタイリッシュな映像美と、時に倒錯的な演出で、僕らの最も原始的な好奇心を刺激します。
その結果、僕らの心の中には、「許せない」という嫌悪感と、「理解できるかもしれない」という共感が、矛盾したまま渦巻くことになります。
これこそが、ライアン・マーフィーの真の狙いなのではないでしょうか。
彼は、僕らがこの作品を観て、その美しさに魅了され、同時にその倫理観の欠如に嫌悪感を抱くこと、その引き裂かれた感情の中で「自分はなぜ、こんなにも不道徳なものを楽しんでしまっているのだろう?」と自問自答することを、意図的に仕向けているのです。
彼の作品の「悪趣味さ」は、それ自体が目的じゃなく、僕ら自身の内なる闇を暴き出すための、最も効果的なツールなんです。
▼『エド・ゲインの物語』本編のネタバレ感想・考察はこちらの記事で!
🔴まとめ:結局、このドラマは観るべきか、避けるべきか?

ここまで読んでくれて、ありがとう。
最後に、この恐ろしくも美しい問題作を、どんな人が観るべきか、僕なりの結論を伝えよう。
『アメリカン・ホラー・ストーリー』や過去の『モンスター』シリーズのファンなら、本作にも満足できるはず。
高品質な映像と、物議を醸す挑発的な物語は、まさにマーフィー作品の真骨頂です。
この評価は分かれるだろう。
身も凍るような雰囲気、優れた美術、そして力強い演技は確かに魅力的。
でも、それらを享受するためには、史実の改変といった欠点に目をつぶる必要がある。
明確に「回避」を推奨する。
「フィクションが多すぎる」「シリアルキラーのくだらない二次創作」 という評価がすべてを物語っている。
この層にも注意を促したい。
本作は批評家から「吐き気を催す搾取」、「覗き見趣味への迎合」 と広く非難されており、道徳的な次元や意味のある洞察を提供することに失敗している。
これは、あなたの倫理観、あなたの好奇心、そしてあなたの心の闇が試される、忘れがたい体験です。
観終わった後、あなたはきっと、鏡に映る自分自身の顔を、今までとは少し違う目で見つめてしまうことになるだろう。
僕らが、この物語の最後の「共犯者」なのだから。
🔵【参考文献】
この記事を作成するにあたり、以下の海外メディアのレビューを参考にさせていただきました。
・RogerEbert.com: https://www.rogerebert.com/reviews/monster-the-ed-gein-story-tv-review-2025
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